さくら色のひと

 

初めて逢った日のことを鮮明に覚えている。

 

誰よりも綺麗で透き通って見えて、私のことなんか見向きもしないで、必死にぎゅうぎゅう詰めの客席の中からピンク色を探して手を振っていた。自分のことを好きだと言ってくれる人を、自分のことを応援してくれてる人を探して、必死にキスを投げていた。誰も見逃さないぞって誰のことも全部全部抱きしめるぞって気迫さえ感じたし、どこか刹那的でだけど静かに燃えてる火みたいで、目が離せなかった。

 

最後に逢ったのはお休みする直前のNHKホールで震えながらKPQPを歌ってたあの日だ。なにも知らない私は呑気に、ぷりぷりしちゃって今日もかわいいなぁ、なんなら今日は特別に綺麗だなぁ、などと思って見つめていた。

 

どれだけ悲しいかなんて、言葉にできない。

 

悲しくて悲しくてたまらない。

 

誰よりも真面目に誰よりも努力して誰よりもアイドルなりたかった彼から、なぜ奪うのだろう。どうして奪われるのだろう。

 

どれだけ悲しいだろうどれだけ悔しいだろうどれだけ色んなことを恨んだだろう。

 

きっとあの儚い笑顔の裏でたくさんたくさん歯を食いしばってたよね。

 

 

誤解を恐れずに言うならば。

 

心の中で半分。こうなるだろうと思っていた。覚悟をしておかなければと。いつかやってくるその日を覚悟しておかなければと。場所を空けてくれたりピンクの照明を使ってくれたりピンクの衣装を着てくれたり、大丈夫大丈夫と伝えてくれる度に、こんな日が来ることをどこかで予感していた。

 

だけど、残りの半分はもしかしたらと思っていた。もしかしたら。どんどんよくなっていって追いつけ追いこせでたくさんたくさん踊っているかもしれない。見えないところで少しずつ動き出してるかもしれない。いつの日か仲良したちとみんなで、よかったね嬉しいな待ってたよおかえりと言えるかもしれない。そう思ってた。

 

担当じゃないなら黙っていてとは言わせない。私だって大好きだった。本当に本当に大好きだった。なんで過去形なんだ。違う。今だって大好きなんだ。嫌だ嫌だ嫌だ。お別れなんてしたくない。全然嫌だ。どうにもならない。

 

だけど。大好きだから。もういいよと手を離さなくちゃいけないんだきっと。力の限りみんなが待ってる場所へ戻ろうとがんばってくれたんだ。ありがとうと手を離さなくちゃいけない。いつまでも掴んでいたら歩き出せない。

 

やれることをきっと全部、全力尽くしてやったんだ。ファンのためじゃなく、自分のためにきっと全力を尽くしたけれど、それは叶わなかった。だからここで一旦全てのことをよいしょと置いて本当のお休みに入るんだ。

 

いつまでだって待てるよ、いつまでも待ってるよと言ったファンのことが重荷になっていたと解釈できる記事があったけれど、絶対にそんなことない。担当のひとたちはそんな言葉に惑わされる必要ない。断じてない。絶対にない。絶対に絶対に日々の力になってた。希望になってた。絶対。

 

どんなに苦しい時も。たった1人でもファンを元気にしたくて笑っていたと思うんだよ。そしてそのファンは、あの笑顔にどれだけ救われただろうと思う。日々の苦しいことからどれだけ助けてもらっていただろう。それはきっとこれからも変わらないけれど。

 

本当の本当にゆっくり、身も心もお休みできる時間と場所で。自分のペースで。誰にも申し訳ないなどと思わなくていいところで。弱くなんかなくて、全然弱くなんかないから。

 

 

今日は朝から表参道を彷徨っている。探し出したいわけじゃない。見つけたいわけじゃない。いないに決まってるし逢えたところでどうにかしたいわけじゃない。だけど。だけど。ここにいたんだよなって。心から楽しんでここを歩いていた日々があったし、きっとこれからそんな日がまたくるよなって。あちこちに思い出が溢れていて。桜と緑がきれいで。

 

 

画面の向こうでいい。

できることなら一目逢いたかった。

声が聴きたかった。

 

だけど、ずっとここにいる。

 

ここから先の険しい道のりで。いろんなもの諦めて犠牲にして自分の人生かけて進んでいく道のりで。もう、場所を空けてくれなくてもいい。ピンクの照明も衣装もなくていい。それでもずっと私のここにいる。だから大丈夫だよ。忘れちゃったんだねとかひどいよ淋しいよなんて絶対に言わないよ。もう大丈夫。もういいよ。みんなが一生懸命守ってくれたその場所は、ちゃんと私たちのところに移動したから。もう大丈夫だよと伝えたい。今までありがとうと伝えたい。

 

 

さくら色の季節に出発を決めたなんて、本当に彼らしい。二度と忘れられない。桜を見るたびに今のこの気持ちを思い出す。私の大切な人たちはみんなこの季節にいってしまう。街中にいろんな色があるこの季節に見送られるひとたちはみんなみんな幸せになるに決まってる。

 

 

泣きすぎてパンパンになった顔と体を引きずって出勤してきた私に、丸一日とうとう一言も話しかけず何も聞かず完全に無視してくれた同僚たちには感謝しかない。ちょっとやそっとの残業は嫌な顔ひとつせずに引き受けます。

 

 

 

 

 

ありがとうはまだ言えない。心も体もまだついていかない。受け入れられない。だけど、少しずつ少しずつ。命をかけて届けてくれたものを大切に大切に抱きしめて生きていくよ。何度も何度も観るし、何度も何度も聴くよ。あたしは。

 

幸せでいてね。どうか。

神様。お願いだよ。お願い。